神戸家庭裁判所 昭和37年(家)163号 審判 1962年11月05日
申立人 荒川春(仮名)
相手方 真田忠(仮名)
主文
相手方は申立人に対し金一六六、〇〇〇円を支払え。
申立人のその余の申立を却下する。
理由
申立人は「相手方は申立人に対し、昭和三二年六月以降昭和三五年九月までの間は月額一〇、〇〇〇円、同年一〇月以降昭和三八年三月までの間は月額五、〇〇〇円、同年四月以降昭和四一年三月までの間は月額六、〇〇〇円の割合による金員を支払うこと」との審判を求め、事件の実情として
「一、申立人と相手方は、昭和二二年二月三日の婚姻(同年一二月一日届出)で、翌年一月一日長女圭子が生まれた。ところが相手方は、昭和三〇年頃から申立外上野京子(相手方の現在の妻)と関係し、翌年七月以来同女と生活するようになつた。(申立人は、昭和三三年二月神戸地方裁判所へ離婚ならびに慰藉料請求の訴を提起した結果、昭和三五年九月二八日離婚の判決が確定した。)
二、この間相手方は、申立人らの生活費として、同居中は月額二五、〇〇〇円を、別居後もしばらくは一〇、〇〇〇円ずつを支払つていたが昭和三二年六月からは全く送金がなく、判決により申立人に認められた慰藉料四〇〇、〇〇〇円の支払いもせず、執行の結果、わずかに四〇、〇〇〇円足らずを得たに過ぎない。
三、相手方は写真雑誌の販売を業とする生活文化社および日本文化通信社を経営し、月収四〇、〇〇〇円がある。相手方は、申立人が執行に着手した昭和三六年八月以降給与を二五、〇〇〇円に下げ、ついで無給になつたと称しているが、いずれも執行を免れるための仮装である。
四、申立人は、相手方から送金が絶えた後は、やむをえず毎月実父から一〇、〇〇〇円ずつの援助を受けていたが、昭和三四年七月から野村証券に集金係として勤め、当初月額九、〇〇〇円、昭和三五年一月から一〇、〇〇〇円、同年七月から一二、〇〇〇円、昭和三六年六月から現在まで一五、〇〇〇円の給与を受けている。もつとも、昭和三五年一〇月から翌年一二月までは二階を間貸しして月額二、五〇〇円の収入があつたが、長女圭子の勉強の関係もあつて、現在は間貸ししておらず、この収入はなくなつている。
五、婚姻中における申立人と長女圭子の生活費は、申立人が得た上記収入および実家の援助でまかなつてきたけれども、相手方の不貞がなければ、これら生活費は婚姻生活の費用として、当然相手方から支払を受けるべき筋合であるので、相手方に対し、その送金が絶えた昭和三二年六月から離婚の判決が確定した昭和三五年九月までの生活費のうち、毎月一〇、〇〇〇円ずつ(申立人分六、〇〇〇円、圭子分四、〇〇〇円)の分担を求める。
六、つぎに離婚後、申立人が親権者として監護養育中の長女圭子は、現在神戸市立御影中学校三年に在学中であるが、生活費一ヵ月平均一二、〇〇〇円ないし一三、〇〇〇円(学校納付金および定期代二、〇〇〇円、課外教授料三、〇〇〇円、食費六、〇〇〇円、衣料費一、〇〇〇円、保健衛生費五〇〇円、小使銭五〇〇円)が必要である。申立人自身の生活費を合計すると二三、〇〇〇円ないし二五、〇〇〇円を必要とする。申立人の月収一五、〇〇〇円だけでは、到底その全部を負担することができないので、同人の扶養として、父である相手方に対し、同人が中学を卒業する昭和三八年三月までは一ヵ月五、〇〇〇円、それ以後高校に在学する昭和四一年三月までは一ヵ月六、〇〇〇円ずつの支払を求める。
なお相手方の引取扶養の申出には同意できない。」
というのである。
相手方は期日の呼出に応じなかつたが、その提出書面によれば「相手方は事業失敗のため、多額の債務を負い、現在は妻およびその実家の援助で生計を支えている状態なので、到底本件申立に応じられない。それに申立人の父は、手広く材木問屋を経営しているほか、合計六〇軒にのぼる貸家を所有し、五、〇〇〇万円以上の資産がある。申立人のために商売資金を出す話もあるようで、相手方の扶助をまたなければならないような実情ではない。ただし、長女圭子は相手方で引き取つて扶養してよい」というのである。
当裁判所はつぎのとおり判断する。
先ず、婚姻費用の点であるが、申立人は、相手方に対し、申立人の生活費と長女圭子の養育料とをともに婚姻費用としてその分担を求めている。しかし、家庭裁判所が婚姻費用に関する処分を定めるのは、夫婦の資格にもとずいて、互いの間の協力扶助を考慮しながら、その費用の分担を定めるのであるから、夫婦が離婚した後においては、「夫婦」の資格、従つてこれにもとずく婚姻費用分担請求権も消滅するといわなければならない。その結果、それまでの婚姻生活中に、一方から支払を受けるべくして受け得なかつた生活費については、これを不当利得または損害賠償等民事上の請求権を主張し、もしくは財産分与請求の資料として主張するのは格別、「婚姻費用」として分担を求めることはできず、家庭裁判所もこれを審判の対象とすることはできない。申立人と相手方は昭和三五年九月二八日離婚判決が確定したことが明らかであるから、本件申立のうち、申立人自身の生活費の支払を求める部分は、当裁判所が審判をする限りでない。
そこでつぎに、長女圭子の養育料のうち、申立人と相手方とが婚姻中の分について考える。
当裁判所が職権で調査した結果によると、申立人と相手方との離婚までの経過およびその間の相手方からの生活費の送金状況、申立人の家計収支の状況などは、申立にかかる前記一、二および四記載のとおりであること(申立人本人審問結果)、この期間は、相手方も三七、〇〇〇円程度の月収があつたこと(家庭裁判所調査官梶房義雄の調査報告書)が認められる。そうすると相手方は、相手方が生活費の支払をやめた昭和三二年六月以降離婚した昭和三五年九月までの間に関する限り、長女圭子の養育料として申立人が分担を求めている月額四、〇〇〇円(同人が中学校に入学した昭和三五年四月以降は月額五、〇〇〇円)程度は、これを負担する義務と能力とがあつたこと明らかである。申立人はこの期間、同人の養育料を一応申立人自身の収入や実家の援助により支弁してきたことになるが、これは相手方が申立人という妻があるのに、他の女性と生活し、申立人に生活費を渡さなかつたためであるから、相手方は、これをもつて自分の負担を免れることはできない。また申立人が本件を申し立てたのは、昭和三五年四月五日であるけれども、このような未成熟子に対する生活保持の義務は、請求をまつてはじめて発生するものではないから、相手方は、本件申立以前の分についても支払の義務がある。そして、このような過去の養育料も、養育にあたつた申立人が、相手方から支払を得なかつたために、申立人の財産を減少し、その結果現在および将来に対する長女圭子の生活にあてられる資金に、同額の減少を生じていることになるから、その全額について現在扶養の必要性が存在するものと認めるべきである。よつて相手方は、その負担をやめた昭和三二年六月以降申立人と離婚した昭和三五年九月までの長女圭子の養育料として、前記の割合による分担金合計一六六、〇〇〇円を養育者である申立人に支払う義務がある。
つぎに双方離婚後の長女圭子の扶養について判断する。
まず、扶養の方法として、相手方は同人を引き取つて扶養すると言つているが、上記認定にかかる当事者の状態では適当でないと認めるので採用しない。
さて、申立人は、同人の生活費として月額一二、〇〇〇円ないし一三、〇〇〇円を現実に支出しているのであるが、(申立人本人審問結果)、その額の当否はしばらくおき、親権者たる申立人の収入は、昭和三六年五月末までは月額一四、五〇〇円、六月以降は一七、五〇〇円、昭和三七年一月以降は一五、〇〇〇円であり(申立人本人審問結果)、一方相手方の収入は、昭和三六年八月までは月額おおむね四〇、〇〇〇円であつたが、同年九月以降家計にまわしている金は二〇、〇〇〇円ぐらい(家庭裁判所調査官松原緑郎の調査報告書)であることが認められる。申立人は相手方の減収は仮装であり、現在でも月収四〇、〇〇〇円はあると主張するが、職権で取り調べた結果でも、これを認める資料が発見できず、かえつて相手方は、事業上相当多額の負債を生じて、不安定な生活状態にあるとみるのが相当である。そして相手方には後妻京子とその間に生まれた女児(昭和三五年一二月一日生)があつて、現に同居して生活している。神戸市民の昭和三六年度一人当り一ヵ月の平均消費支出金額は九、三二八円(神戸市統計月報)であるが、これにより計算すると不足するわけで相手方は妻の父から月額一〇、〇〇〇円の援助を受けている(松原調査官の上記報告書)。しかも相手方は、申立人に対して、すでに離婚判決による慰藉料四〇〇、〇〇〇円(うち約四〇、〇〇〇円支払いずみ)の債務を負担しているほか、新たにこの審判により、一六六、〇〇〇円を支払うことになるわけで、これに事業上の債務を考えると、これ以上の負担能力はないものと認めるのが相当である。かえつて、申立人本人審問の結果によつても、申立人の実家は、父が材木問屋を営んで裕福であり、かつ、申立人がその扶助を受けることができないというような特別の事情もないことが認められる。このような認定事情のもとにおいては、長女圭子の養育費は、むしろ親権者たる申立人の収入をもつて、その全額を負担し、その結果生ずる申立人自身の生活費の不足はこれまですでにそうしてきているように、親族扶養その他に求めさせるのが現状においてはやむをえないところとしなければならない。もつとも、相手方も、昭和三六年七月までは月収約四〇、〇〇〇円があつたから、その当時は負担能力がなかつたわけではない。しかしこの期間(一〇ヵ月)申立人の要求額一ヵ月五、〇〇〇円として合計五〇、〇〇〇円程度の不足は、本件で親権者たる申立人が、上記のような給付請求権を取得し、かつ、親権者自身の扶養を上のように考えた後においては、扶養の必要性が消滅したものと認めるのが相当である。(ただ、当裁判所がこのように、相手方に対し、離婚後の長女圭子の養育料について負担を命じないのは、相手方が申立人に対し、上に認定したような給付義務を負うようになつた点をも考慮してのことであるから、相手方は、判決や審判できめられた義務を誠実に履行するよう、特に附言したい。)
よつて相手方に対する本件申立のうち、申立人と相手方が離婚するまでの、長女圭子の養育料の分担を求める部分は、相当であるからこれを認容すべきであるけれども、その余の部分は、上記の理由により、これを却下することとし、主文のとおり審判する。
(家事審判官 坂東治)